情報生体システム工学専攻(工学部 情報生体システム工学科)

教授

辻村 誠一

メラノプシン細胞の機能解明に挑む

メラノプシン細胞の発見

 私たちの眼球の網膜には、明るいところで色を識別する錐体細胞、暗いところで働く桿体細胞があります。この2つの光受容器によって、人間はものを見たり、識別したりしていると長年考えられてきました。1999年、ニワトリの網膜で3つ目の光受容器である「メラノプシン神経節細胞(以下、メラノプシン細胞)」(*1)が発見されました。当時、このニュースは米科学誌『サイエンス』の10大トピックスに選ばれるほど大きな話題となりました。
 メラノプシン細胞はメラノプシンという光受容タンパク質を持ち、光を感知する細胞です。概日リズム(*2)の調整や、瞳孔が大きくなったり小さくなったりする瞳孔の対光反射(*3)にも密接に関係しているとされます。また、私たちの研究グループでは世界で初めてメラノプシン細胞が明るさの知覚(*4)に寄与していることを発見しました。これらはこれまでの常識を覆す驚くべき発見ですが、一方で、これらはメラノプシン細胞の機能のごく一部であり、メラノプシン細胞の機能はまだ他にもあるのではないかと考えています。例えば、記憶や注意、気分などにも影響するかもしれません。
 ものの色を知覚し、形状を識別するという視覚においては、錐体細胞と桿体細胞が大きな役割を占めています。もし、メラノプシン細胞がものを見るという視覚機能だけのために誕生した細胞なら、それはとうの昔に退化し、消滅しているはずです。しかし、メラノプシン細胞は今も人間の体に存在しています。メラノプシン細胞は一体何のためにあるのか? それを研究するのが私の仕事です。

メラノプシン細胞の研究

メラノプシン細胞の研究

 メラノプシン細胞の機能を研究するために、メラノプシン細胞のみを刺激する装置が必要でした。研究室では世界で初めてメラノプシン細胞のみを刺激可能な実験装置を開発し、実験を行ってきました。すると、光刺激の明るさや色を変化させず、メラノプシン細胞への刺激量のみ増加させた光刺激が明るく感じることを発見しました。明るさの知覚は輝度や照度と関連していると考えられていたので、驚くべき発見でした。このことはメラノプシン細胞が明るさの知覚に寄与していることを示しています。この発見をまとめた論文は2012年生物学の権威ある学術誌『カレントバイオロジー』に掲載されました。
 過去の研究によると、盲目の人にもメラノプシン細胞は存在しており、光が見えなくとも光刺激を受けたことには「気づく」ということが明らかになっています。「気づく」ことは人間や動物にとって不可欠で、とても原始的な機能です。メラノプシン細胞は、何らかのルールに基づいて外部からの刺激を非視覚的に符号化し、それを脳に伝えている可能性があります。
 こうしたことも考慮した上で、メラノプシン細胞には光の感知や概日リズムの調整、瞳孔反応、あるいはまだ明らかになっていない機能までを統合するような、もっと根本的な存在理由があると考えています。メラノプシン細胞の研究は、目の中の細胞を研究しているというより、メラノプシン細胞を通して人間や動物の身体の中の根本的なメカニズムを研究しているようなものなのです。

※1 網膜に存在する光信号を脳に送る機能をもつ光受容器の一つ。1999年に発見された。錐体、桿体細胞に続く第3の光受容器。概日リズム、瞳孔の対光反射、明るさ知覚に寄与する。
※2 サーカディアンリズムとも呼ばれる。朝・昼・晩の時間帯に応じて人間の食事、睡眠などの生活リズムをコントロールする体内時計のリズムのこと。
※3 瞳孔の光刺激に対する反射。明るい場所では瞳孔は小さくなり、暗い場所では大きくなる。
※4 明るい、もしくは暗いと感じる度合い、もしくは知覚の量。照度(ルクス)に対応すると言われていたが、メラノプシン細胞への刺激量も考慮が必要。

Profile

情報生体システム工学専攻(工学部 情報生体システム工学科)

教授

辻村 誠一

広島県生まれ。88年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院博士課程工学研究科単位取得後退学。博士(工学)。99年~2000年英国・アストン大学神経科学研究所特別研究員。2000年~02年米国・ニューヨーク州立大学特別研究員。02年~04年ドイツ・マックスプランク脳研究所特別研究員。04年から現職。専門は神経科学、心理物理学。

学生(受験生)へのメッセージ

視覚情報処理研究室では、視覚刺激を用いた実験をおこなうことによって、ヒトの認知メカニズムの解明を目的にしています。本研究室の特徴としては、単に基礎的な知識を学ぶだけではなく、論理的な思考法や研究に必要な実験装置の手作りまで様々なことを学べることにあります。ものづくりに興味のある方、ヒトの認知、生体メカニズムに興味のある方を歓迎いたします。

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