使ったあとはどうなるの?
農薬に限りませんが、化学物質はわれわれの生活を豊かにしてくれています。たとえば、もし農薬を使わなかったら、ほうれん草の値段がとても高くなってしまうかも知れません。もし、プラスティックを使えなかったら、ゲーム機やスマートフォンを作れませんね。一方で、化学物質は毒性をもっている場合があるため、化学物質と上手に付き合っていくことが大切です。そのために、様々な安全性試験を重ねてから化学物質は使われています。重要な安全性試験のひとつに、環境中での分解性の試験があります。環境中に出てしまったあと、すぐに分解するかなどを確認しています。
では、環境中にどれくらい出てしまっているのでしょうか?環境省によると、日本全国からの1年間の化学物質排出量は605,000トン、そのうち家庭からは54,500トン、そのうち殺虫剤は16,000トンです(2005年度)。ペットボトルなどに使われているペット樹脂の生産量が571,000トン(2005年度)ですから、意外に多いと思いませんか?
環境中に出てしまった化学物質は環境中で分解するはずですが、水や二酸化炭素などの最終分解物ではなく、少し構造が変わっただけの変化体が生成する場合があります。さらに、浄水場で塩素消毒を受けて、消毒副生物になる場合があります。しかし、どのような変化体ができているのかは、実はあまり分かっていません。
いっしょに調べてみませんか?
どうやって調べるの?
研究室で合成した有機物などと違い、環境中の変化体は微量なので、分析が困難です。さらに、植物などが腐敗してできた自然由来の有機物が大量に混ざっているので、なおさら分析が困難です。このように、ゴミだらけの中から微量しか含まれていない未知物質を分析する必要があります。そのような分析に力を発揮するのが、液体クロマトグラフ-高分解能質量分析計です。
みなさんは、高校で酸素の原子量を16と習ったと思います。しかし、正確には15.99491461957です。われわれは、15.9949くらいの精度で精密な質量分析を行っています。その他の元素も、同じような精度で原子量が求められています。このような精度で未知物質の分子量を分析すると、例えば分子量(正確にはm/z)が262.0297になるには、元素の組み合わせパターン=分子式はC7H13N4OP3、C6H18ON2OS4、C9H13NO4PS、CH9N7O7PまたはC13H10O4Sのどれかであろうと予測できます。候補が複数あがりましたので、炭素や硫黄には安定同位体が存在することを利用し、候補を絞り込んでいきます。下図の例では、13Cの存在割合から炭素が9個程度、34Sの存在割合から硫黄が1個であることがわかり、分子式(正確にはイオン式)をC9H13NO4PSと決定することができます。