酢酸菌の成分はヒトの健康に関与する
近年、発酵食品の摂取による健康増進効果が注目されています。例えばヨーグルトなどを食べると、腸内に到達した乳酸菌がヒトの腸管免疫系を調節して、アレルギー症状の低減などに効果を発揮することが知られています。これまでの研究から、この免疫調節機能を持つ成分が細菌の二次代謝産物(*1)や細菌構成成分(*2)であることがわかってきています。特に後者の細菌構成成分は、宿主の自然免疫レセプター(*3)を介して免疫系を調節することが知られており、その分子構造はかなり明らかになってきています。黒酢は鹿児島県特産の醸造酢であり、健康維持機能を持つことが報告されています。しかし、その機能性成分はよく分かっていませんでした。黒酢は、麹菌、酵母、乳酸菌、酢酸菌などが数ヶ月かけて並行複発酵(*4)されたあと、さらに約2年の熟成期間を経て完成します。そのため黒酢中には死滅した微生物の構成成分が溶解・分散している可能性が考えられました。 当研究室では、黒酢中に細菌由来の成分が実際に存在して、免疫細胞を活性化できるること発見しました。またこのうちの酢酸菌由来リポ多糖の化学構造を明らかにして、酸性に強い新規な構造を持つことも明らかにしました(図1)。
酢酸菌が作るナノ構造体はヒトの健康維持に寄与するのか?
細菌膜小胞は、細菌が産生する20-300 nm程度の球状ナノ構造体であり、細菌の膜成分やタンパク質、多糖などの抗原などの細菌成分を含んでいます(図2)。近年、膜小胞の機能が注目されており、ヒトの細胞に接触、侵入して免疫系を調節するなど、ヒトと細菌の相互作用に関与していることがわかってきました。これまでの研究から、病原細菌の感染時に細菌由来の膜小胞が炎症や細胞障害などの病原性の発現に寄与することが分かってきています。また、ワクチンの効果を増強する働きを持つことも知られており、髄膜炎菌に対してはすでにワクチンが実用化されています。最近当研究室では、酢酸菌が膜小胞を産生して自然免疫系を活性化できることを明らかにしました。またこの膜小胞は黒酢中にも含まれていることも見出しました。では、この膜小胞が黒酢の健康維持機能に関与しているのでしょうか?また、乳酸菌なども膜小胞を産生することが知られていますが、発酵細菌全般ではどうでしょうか。この研究では、膜小胞の免疫学特性を明らかにして人の健康増進への関与を調べています。
*1 生物の生命活動の維持には直接必要とはされていないが、生物内で合成されている化合物のこと。多くの場合は生物の生存を助ける働きをする。生物活性を持つものが多く、抗生物質や医薬品の原料として重要。
*2 ヒトと細菌では生物種が異なるため、細菌だけが持つ分子がある。リポ多糖、リポタンパク質、ペプチドグリカン、フラジェリンなどがその例であり、多くの場合ヒトの免疫系を活性化する。
*3 自然免疫は、人が生まれながらに持つ免疫システムであり、体内に侵入した病原体などの構成成分を認識して排除する役割を果たす。この認識にはパターン認識レセプターが関与しており、2011年のノーベル賞の対象となった。
*4 同一容器内で複数の微生物が同時に発酵する方式。日本酒の製造、黒酢の製造の際に用いられる。なお、ビールやウイスキーは別々に発酵する単行複発酵で製造されている。